10/27 集談会(朴杓允先生)のご案内
第171回 特別集談会
2023年10月27日(金) 18:00-
フラテホール(北大医学部)
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神戸大学農学研究科 名誉教授
朴 杓允(ボク ショウイン) 先生
『化学固定した細胞の可視化の原理(細胞成分は電顕下でどのように見えるのか?)』
電顕形態学の理解を助けるために、透過電顕(TEM)法を支配する基本な情報と保存される細胞成分の具体的な電顕像、加えて電顕解析の有効性を支える概念について口演する。
現在、電顕従事者の大部分が化学固定を使った生物試料作製法とその後の関連技術(超薄切片法、電子染色)を駆使して研究を進めている。この手法は電顕とミクロトームがありさえすれば、だれもが挑戦できる一番安価な形態学的アプローチである。しかし、その技術の習得は初心者にとりかなり難しいものであることを申し添えておく。
口演では以下の10個の項目について説明を行う。
1)初めに化学固定とはどのようなことを意味するのかを述べ、使用される化学固定剤(グルタルアルデヒド:GAと四酸化オスミウム:OsO4)の大まかな固定能力について述べる。
2)次に、TEM技法の中核技法である試料作製、超薄切片法、電子染色の操作を概略説明する。
3)その後、超薄切片中の細胞成分と照射される電子線との間の相互作用について紹介する。
4)TEM観察で見える物質は化学固定により捕捉された細胞成分である。この成分がどのように細胞内に残留したか、その理由を口演する。化学固定とは固定剤と細胞成分(タンパク質・核酸・脂質の一部・多糖類)とが交差反応を引き起こし化学的に不溶となる現象をさす。
5)その細胞全景における特色は単位膜とその膜につつまれた基質の出現にある。膜そのものや膜に仕切られた基質の中で物質代謝が行われる。TEMの発明以前、細胞を包む膜は光顕では見えなかったので、この発明により人類は生体膜を初めて見るという経験をした。しかし、この単位膜は厄介な問題を引き起こした。
6)単位膜は機能系研究者によって批判され続けてきた経緯がある。単位膜は流動モザイクのように物質輸送を説明できる膜の構造を示していないのが批判の原因であろう。単位膜が流動モザイクのような真の構造とは「ずれ」があるのは明らかである。OsO4は膜のリン脂質の不飽和脂肪酸のみに結合した後、結合部位からの大規模に移動を開始し、最後にリン脂質の親水性部にOsO4が結合して反応が終了する。この反応の結果、生体膜から単位膜が形成されたことが証明された。今日的には単位膜は化学固定を施された細胞が常に単位膜をしめすのであれば、真の像でなくても科学的意味はあると妥協的な評価がなされている。膜の再現性を等価効果と電顕分野では呼ばれている。等価効果の理念のもとに細胞世界の解析を行って続々と成果が得られているのが現状である。
7)この後、細胞の構造体を同定する基準について触れておいた。
8)加えて、GAとOsO4の固定機序を説明したうえで、TEM観察でタンパク質、核酸、脂質、多糖類がどのように見えるのか具体的な画像を示す。
9)化学固定では保存できない物質の事例としてMg++やH2O2活性酸素を可視化する方法を説明した後、それらの画像を紹介する。
10)最後に、純形態学的アプローチでは細胞機能をこれ以上解析できないという現実に電顕従事者は遭遇する。電顕解析の基本は構造体の質的変動の把握にあるが、僅かな機能変化をしめす形の変化をうまくとらえることはできないことの方が多い。ヒトの直感は10%未満の画像の面積変動を捕捉できない。そのような場合、stereologyを使って、機能変化を量的変動、例えば特定オルガネラの細胞内面積比の増減に置き換えると、見えてこなかった機能変動を捕まえることができる場合がある。Stereologyの原理のうち面積密度という計測パラメーターについて説明する。